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笠縫ウオーキングクラブ主催の柳生の里歩きに参加・・天候は薄曇り
近鉄奈良駅前から市バスで・・・R369の山道を左へ右へカーブを繰り返し繰り返し
柳生の里へ・・・・・・・昔人は徒歩で
柳生の里に到着・・・リーダー指導の元 恒例の柔軟体操&ミーティング
十兵衛杉を! 落雷のため枯れていて遠望・・・・・
旧柳生藩家老屋敷跡からスタート
柳生藩12,000石の家老である小山田主鈴(おやまだしゅれい)の旧柳生藩家老屋敷!
旧柳生藩家老屋敷の石組は、天保12年(1841年)に尾張石工が築いたとされ、豪壮な
石垣は武家屋敷の雰囲気を醸し出しているよ。
屋敷内見学するよ!・・・昔使用した いろいろな家財が展示
旧柳生藩家老屋敷はいろいろな遍歴があり 山岡荘八さんへ
山岡荘八さんが 亡くなられてから 奈良市に寄贈
陳列棚には・・家系・当時のお金・歴史など
床の間には山岡荘八さん???萬屋 錦之介さんの大河ドラマ記念品など展示
次は柳生藩家老屋敷を出て、小山田主鈴(おやまだしゅれい)分家屋敷を介し
のどかな里の風景を眺めながら柳生宗冬が寄進したといわれる八坂神社へ
柳生藩家老小山田主鈴分家屋敷 柳生八坂神社・柳生陣屋跡・芳徳寺を目指す
【柳生藩家老小山田主鈴(おやまだしゅれい)は柳生藩の重人物 調査要】
柳生藩家老小山田主鈴分家屋敷 柳生八坂神社
次は柳生陣家跡だよ
陣家跡から芳徳寺・柳生一族の墓所を!
芳徳寺 柳生一族墓所 下部の墓所の位置
何方の墓所かな? お解りかな???
三厳はここで1万3千人もの門弟を錬成し、その門弟たちが全国の諸藩に出仕し、
「平和の剣」と呼ばれる柳生新陰流を広めていった。
平和を治めるのにふさわしい「武道」に鍛え直し、世に広めたという点で、
この小さな柳生の里は、江戸300年の平和に陰ながら貢献していたという。
最近 熊の出没情報 があり注意を要する旨 村の方からの情報が!
奈良東部・北部 ツキノワグマとのこと 危険を避け一刀石は中止。
プチ柳生街道を!道中「疱瘡地蔵(ほうそうじぞう)」【「元応元(1319)年
己未十一月日」の作で、疱瘡よけを祈願してつくられたお地蔵さまとか】を介す
奈良から柳生に通じるこの街道は、里人や修行僧の他、新陰流の上泉伊勢守秀綱、
二刀流の宮本武蔵(1584年)、荒木又右衛門(1599年)、柳生十兵衛光厳(1607年)
など、歴史に名だたる剣豪たちも通った道とか・・・
石畳・アップダウンの道を繰り返し歩を進める
昔の人は凄い
昔人に思いを馳せ R369 バス道へ・・心残りだが次回へ